電子カルテ(入門)


第103回日本耳鼻咽喉科学会総会 ランチョンセミナー
2002年5月16日(木)12:10〜12:50
ホテルニューオータニ 第4会場:芙蓉の間(東)
鈴鹿医療科学大学医用工学部医用情報工学科
大学院保健衛生学研究科医療画像情報学専攻
坂部長正
E-mail:PEC01137@nifty.com
n-sakabe@suzuka-u.ac.jp

1.はじめに
 最近の医学雑誌やマスコミに「電子カルテ」の用語や記事が度々登場するようになってきた。情報開示に関連する規則が具体化し、更に1999年4月、厚生労働省が画期的とも言える「診療録等の電子媒体による保存」に関する見解を出し、次いで2000年1月日本医師会が「診療情報提供に関する指針」を、2001年12月厚生労働省がグランドデザイン(e-japan)を発表し、マスコミの注目も大きく医学界全体が益々カルテの電子化に傾斜している。
 筆者は、耳鼻科の臨床医であり、また、日本医療情報学会(医療情報システムの開発研究に関わる医師、薬剤、看護、技師、システムエンジニア等から構成される日本医学界登録学会、会員数約2000人)の会員であり、且つ、病院情報システム特にオーダ(エントリー)システムの設計開発の経験を基に、医用情報関連大学で教鞭を執るものとして、病歴(以下カルテ)電子化に関してのこれまでの経緯、現状、既存の医療情報システムとの関連、将来像などについて述べる。

2.電子カルテ開発の経緯
 病院内に高速処理・大容量のホストコンピュータ(サーバ)と、外来診療科や病棟等院内各所に多数の高性能ワークステーション(パソコン)を設置して、サーバを介してネットワーク化し、処方・検査・栄養等の医師を中心とした各種オーダ及び看護・事務系を中心とした看護支援・物流などの管理業務を高速処理するいわゆるオーダシステムは、医療環境の悪化に伴い業務の合理化と省力化を目的として、15年ほど前から急速に普及しはじめ、最近の統計では400床以上の病院の60%、病院全体で30%に導入されていると言う。操作性に優れ応用範囲の広いオーダシステムソフトパッケージも続々発売されていて、今後益々拡大されていくものと思われる。
 一方、カルテの電子化の研究は、1995-1996年、一部の国立・私立大学病院、私立病院、個人診療所から構成されるグループの厚生省科学研究報告から始まっている。このグループのメンバーがその後設立された日本医療情報学会電子カルテ研究会のコアとして活躍している。この電子カルテ研究会(会長:吉原博幸熊本大医療情報部教授)は、毎年1回宮崎市で定期的に研究会を開催し、最近は参加者300人を越えメーカーのデモも交え盛会である。 こうして、診察室の高機能端末から医師が問診、所見(スケッチも含む)、検査データ、診断などを入力しサーバで編集保存して何時でも容易に再生出力し、診療の深度化や患者への情報開示、患者紹介状や返事作成に役立てようとする電子カルテの試作発表が相次いだ。
 この開発者は殆どが医師でソフトもすべて手作りであり、その熱意と努力は敬服するものである。更に、既導入のオーダシステムを発展させ、問診・X線画像・所見スケッチ等の入力を可能とした大規模電子カルテシステムを開発導入し成功させた公立・民間総合病院の報告も出てきた。しかし、2001年春の筆者の調査でも我が国で電子カルテシステムを導入している医療施設は診療所約600施設、病院は30施設程度でまだまだ少ない。一方、2001年から2002年にかけて厚生労働省が電子カルテ導入希望医療施設に補助金を設定し、現在、導入施設は拡大しつつある。

3.現状

 このように我が国の電子カルテは、厚生省科研費研究班のスタッフをコアとした電子カルテ研究会を軸として発展し、1998年頃から具体的な電子カルテ稼働例も散見するようになり、メーカー特にベンチャー系医療ソフトウエア会社の意欲は高く、ホスピタルショウ等の医療機器展示会のプロダクトデモセッションでも、参加者(ユーザー側)と開発側が実物を操作しながら熱心な討議が行われるようになってきた。少なくてもこれまでは、数少ない稼動実例について開発側のシステム構築や開発の技術論に関するもので、どちらかと言えば具体性や普遍性に欠けていた。 最近は、システム導入医療施設が急増するに従い、これまで何となくイメージとして定着していたいわゆる「病歴」とは何か、その電子化とは等の議論や定義付けの必要性、オーダシステムとの関連や技術論、カルテを電子化する場合の実用面 の必須の条件(例えば病名や処置用語の統一化の必要性)等々、開発の原点に戻っての反省を含めた議論が始まった。
 特に、最も関心が注がれたのがマン・マシンインターフェースの問題である。古くから医師のパートナーとして有資格の口述筆記者が存在する習慣があり、且つかな漢字変換の必要がない欧米と異なり、代行者入力が法的にも経済的にも期待できない我が国では、カルテの手書きに比べてほぼ同じ程度の所要時間で入力できなければ、少ない医師数で多数の患者を短時間に診察する我が国の多くの診療現場では、現実としてかなりの困難を伴う。これを解決すべくメーカーの研究方向もこの点に絞られ、ペン・タブレット入力・音声入力、OCR等のハード側の工夫や、テンプレート(雛形・定型文)形式のようなソフト側の配慮も熱心に試行されるようになってきた。
 テンプレートは、問診や所見入力をいわゆる定型文に置き換え、入力者は定型文コードや数字入力のみで済ませ、ワープロ入力を極力避けた簡便入力法の一つであり、電子カルテ研究班が問診などを対象に医師入力を簡易化する方式として最初から推奨したものである。糖尿病外来や人間ドック、腎透析等内容が予め固定している診療業務には適しているし既にこの方面 では実用化している。しかし、勿論全ての診療科現場に適合するものではなく、例えば耳鼻科・眼科・皮膚科・精神科では全ての問診や所見のテンプレート化は不可能であり、ましてや多忙な診療現場での入力は困難との意見が多くなっている。
 医師の局所所見スケッチ入力も、当然、「お絵かきソフト」を使わねばならず、予めシェーマを用意するにしても通 常の色鉛筆を使う手順とは比較にならぬ程面倒である。X線フィルム、CT、MRI等の画像処理は、後者はもともとデジタル情報なので問題ないが、前者のフィルム画像は再現性の問題が未解決である。またオーダシステムに比べて巨額な導入・運用経費等々これまでやや陰に隠れていたテーマについも議論が盛んになってきた。一方、入力したテキスト・画像・スケッチ・検査データ等の情報を編集・集計・転送・再生するソフトウエア技術の開発研究も盛んに行われ、特にインターネット経由での医療情報加工・転送・再生・再現にその研究ポイントが置かれ、近年の院内LAN、イントラネットの発展と併せて試験運用例も報告されている。
 1999年、厚生労働省は診療録の電子保存を承認するにあたり、「情報の真正性・見読性・保存性の確保」という3基準を満たした場合としている。これまで述べてきた電子カルテ開発に関わる研究は、全てこの条件の実現に有ると言っても過言ではない。この条件のうち、見読性と保存性については技術的に可能であるが、真正性の確保の問題は、例えばセキュリティ、利用者認証、改竄・混同防止が具体的に上げられ、何れもその解決は今のところかなり困難である。現在の時点で医療組織が電子カルテを導入した場合、この3条件を満足せねばならず、生じた問題は全て自己責任で対処せねばならない。

4.将来像
 これまで述べてきたように2000年12月、日本医師会で表明した医療側の診療情報の積極的提供の姿勢もあり、情報の開示、診療記録の電子保存等の総論は、世の中のニーズに併せて医療関係者の誰も異議を唱えるものは無い。問題となるのは、各論即ちカルテの電子化の範囲、メリット、マン・マシンインターフェース、再現性、セキュリティ対策、費用対効果 等が未解決又は不明確な点であろう。これは、これまでに電子カルテ開発組織としてオーダシステム開発経験者が少なかったこと、国公立病院系の人が多く、少ない医師数で多種多量 の患者を短時間に診察する一般診療現場の実態把握や多様多岐にわたる各診療科病歴の内部構成の調査が不十分であったことなどが主原因と思われる。オーダシステムも20年前には、日本で数えるくらいしか稼働例が無かったが、技術の驚異的発展、ユーザーの意識改革、医療環境の変化、ハード・ソフトのコスト低下等の加速により、現在の普及と普遍化に至っている。電子カルテをオーダシステムの延長と位 置づけるならば、おそらく今後短時日で具体化し普及版が拡大していくものと思われる。


図と表

文献

  1. 診療プロセス技術コアグループ活動報告.平成7年度厚生省委託事業電子カルテ開発事業診療モデル小委員会・活動報告書.
  2. 平成8年度厚生省科研費補助研究「情報システムを活用したプロセスモデルの開発に関する研究」報告書.
  3. 電子カルテ研究会 編:電子カルテってどんなもの?.中山書店.1996.
  4. 里村洋一 編:電子カルテが医療を変える.日経BP社.1998.
  5. 坂部長正、中崎啓子、竹本敬子 他:看護業務のシステム化をめざして、医学書院、 東京、2001.
  6. 堤幹宏:電子カルテにおけるSOAP入力方式.医療情報学17,302-304,1997.
  7. 阿部和也、坂部長正:耳鼻咽喉科領域における電子カルテの使用と実装.医療情報学17,305-307.1997.
  8. 藤森春樹:耳鼻咽喉科外来カルテの電子化とレセプト電算処理.第14回耳鼻科情報処理研究会予稿集.1998.
  9. 湯浅 涼:電子カルテの現状と展望.第14回耳鼻科情報処理研究会予稿集.1998.
  10. 川合正和 他:タブレットによる診療録全文電子化の試みとその評価.医療情報学18,157-161.1998.
  11. 川合正和 他:医療者の立場よりみた電子カルテの定義と分類の試み.新医療 9(309),138-142,2000.
  12. 特集・電子カルテ時代の幕開け:新医療、4、48-74,2000.
  13. 特集・電子カルテの幕開け・PART2:新医療、5,70-97,2000.
  14. 坂部長正:耳鼻咽喉科情報処理研究会会員から集めた電子カルテに関するアンケート結果 .新医療 1(313),108-110,2001.
  15. 坂部長正、荒井和夫、阿部和也、井上秀朗、酒井俊一、渡辺行雄:耳鼻咽喉科領域におけるカルテ電子化の諸問題、医療情報学21(1),131-136,2001.

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