耳鼻咽喉科領域における電子カルテの仕様と実装

阿部和也

東京大学医学部附属病院分院 耳鼻咽喉科

坂部長正

鈴鹿医療科学技術大学  医用情報工学科


日本医療情報学会シンポジウム97
1997年6月1日 8:45〜17:30
神戸国際会議場(2F 国際会議室・レセプションホール)

1. はじめに

近年、電子カルテが注目を集め、実際に電子カルテを導入する病医院が徐々に現われてきている。著者らは大学医学部附属病院や、研修医を採用して教育も行なう市中の総合病院での勤務を経験した耳鼻咽喉科医であるが、それらの電子カルテに接し、著者らが勤務したような病院(以下便宜上「教育病院」と呼ぶ)の耳鼻咽喉科で使用するには問題点が多いと感ぜざるを得ない。
以下、教育病院の耳鼻咽喉科の特徴とそこで使用しうる電子カルテの要求仕様、実装の案をまとめた。

2. 教育病院耳鼻咽喉科の特徴

1) 耳鼻咽喉科の特徴
耳鼻咽喉科は取り扱う場所が様々である。ただし、耳・鼻・咽・喉・頸の各局所では疾患がかなり限定され、耳鼻咽喉頸の全体に及ぶ疾患は少ない。取り扱う疾患は内科的疾患・外科的疾患を併せ多様である。 また、耳鼻咽喉科では立体的に奥行きのある、複雑な構造を取り扱うため、複数の視野を組み合わせた独特の模式図を多用し、所見の記述にも模式図を使用する。これら模式図には複数の流儀があり、統一は不可能、あるいは無意味である。
さらに音声、喉頭の運動、眼振など音と動きに注目する所見も多い。季節的な患者数の変動が大きいのも耳鼻咽喉科の特徴である。

2) 教育病院としての特徴
教育病院では指導のため、研修医を含む複数の医師が同時に同一の患者を診察し、複数の所見を記述・記録する必要がある。病院によっては、専門外来のシステムとして複数医師による同一患者診療を行なっている場合がある。また一般に、各専門外来ではカルテの形式が大きく異なる。
さらに、教育病院、特に大学病院では、ローテーションによる人事異動が多く、非常勤医師、非常勤講師が多く在籍するなど、電子カルテの扱いに習熟する機会の乏しい医師が比較的多数存在する。

耳鼻咽喉科診療録の記載に用いられる模式図の例
これらの模式図はカルテの記載に必須といってよい

正常鼓膜(右)正常右鼓膜の模式図
舌・中咽頭舌・中咽頭の模式図
眼振図(1)注視眼振・自発眼振の眼振図
眼振図(2)
眼振図には様々な記号が注記と共に現われる
鼻内(1)鼻内所見の模式図
鼻内(2)鼻内所見の模式図
鼻内(1)と鼻内(2)では、模式図の書き方の流儀が異なる。流儀の差異のみでなく、鼻内の形態に変異も含めて差異がある。また、単なる線画による模式図ではなく、各構造の間に前後関係があることに注意して欲しい。

耳鼻咽喉科受診患者数の変動の例
総合病院(東京都 渋谷区)

1995年1995年の月別患者数

1996年1996年の月別患者数

3. 電子カルテが満たすべき仕様

教育病院の耳鼻咽喉科で使用される電子カルテが満たすべき仕様をまとめた。一般的な必要性、耳鼻咽喉科的見地からの必要性に分けて述べる。

1) マウス・キーボード・ペンの使用
一般:できるだけ多くの入力方式をサポートする必要性がある。実用的にはキーボードが優れているとしても、入力に習熟しない医師が、直観的に抵抗なく使用でき、かつ覚えやすい入力方式を備える必要がある。また、一つのアクションを実行するのに複数の方法(キー入力、メニュー、ボタン・クリック、画像やテキストに対するジェスチャー)を平行してサポートする必要があり、さらに、全てのインタフェースに統一感を持たせて類推で操作できるようデザインされていることが必要である。
耳鼻科:ペンは模式図作成にほぼ必須と言って良く、ペン入力のサポートが必要である。

2) 日本語変換方式のカスタマイズ
一般:現状で最も多く聞かれる不満が、電子カルテの日本語変換方式が日頃パソコンやワープロで使い慣れた方式と異なるというものである。電子カルテの日本語変換方式は実装する端末の機能に強く拘束される可能性が高いが、ストレスのない入力のためには変換方式のカスタマイズ機能は欠かすことができない。

3) テンプレート作成機能
一般:テンプレートはスムーズで統一された入力には必須である。所見・病歴・処方のテンプレートだけでなく、カルテ全体のテンプレートも複数必要である。
耳鼻科:模式図は人によって描き方が違うので、複数の模式図テンプレートを登録し、新規作成も可能にしておく。その場合、ペン入力、スキャナ入力、フロッピーやネットワーク上からの取り込みが考えられる。

4) 複数ユーザの同時ログイン
一般:複数のユーザが同時にログインしてカルテに記入できることが必要である。ただし、実装上では本来のログインは1名でよく、ログインした人以外でもセッションに登録し署名付きで所見を残せるようになっていればよい。

5) 音声・画像入力
一般:患者の所見、検査の結果(書字検査)、患者が手書きしたメモなど、診療の場で入力して保存すべき画像は多い。運動を記録する必要がある場合は、動画の入力が必要となる。
耳鼻科:動画は喉頭運動、声帯振動(ストロボスコピー)など運動の記録のみならず、術後副鼻腔の観察など視野を移動しながら観察しないと全体像が掴みにくい部位の所見の記録にも有用である。

4. 実装の案

1) ユーザ・インタフェース
記載者パレット、テンプレート・パレット、ツール・パレットなどパレットを多用し、使用できる選択枝は呈示する。テンプレート、定型文などドラッグアンドドロップで採用できるようにする。
単語をクリックしてドラッグした場合、横方向と縦方向とで表示メニューを変化させる、コンテクストに応じたメニューを表示するなど、情報をできる限り呈示し、選択させるようにする。
ウインドウを所見記入領域と、複数の入力援助領域に分割し各々の領域を任意にリサイズできるようにする。ただし、所見記入領域は半自由書式とし、テキスト領域、画像領域といった分割はしない。
多くのページを概観できるように、表示ページを任意に複数指定し、縮小表示できるようにする。小さい文字の表示にはグレースケール・フォントを使用し、可読性を向上させる。
複数の医師の所見をレイヤ処理により、場合により色を変え、重ねて表示できるようにする。

ウインドウ構成の例 ウインドウの例
  1. 画面はレイアで構成され、テキストの色は各医師で変えて表示することができる。また、パレットからの指定により、ある医師の記述だけを表示することも可能。また、記述の修正を経過を追って再現することも可能。
  2. 入力の援助として単語をクリックすると関連項目を表示する。ここで、「蝸牛症状」という単語をクリックすると(+)、(-)という選択枝と、蝸牛症状の具体的症状名(耳鳴、難聴、耳閉感)を表示する。ここで例えば「耳鳴」を選べば、「耳鳴」の項目が下に追加される。さらに、入力された「耳鳴」の語をクリックすると、(+)、(-)という選択枝と共に、残りの蝸牛症状(難聴、耳閉感)が表示される。
  3. 医師パレットには常勤・非常勤の医師を始め、「研修医」「学生」など、不特定の医師が使用する項目もある。「学生」は実際には「学生940023」など、ログインIDを付加した項目になる。
    各医師の記述色、レイアの上下関係もここで指定する。
    症状パレットは疾患別に、主な症状、所見、検査所見を表示し、ドラッグアンドドロップで所見を記述できるようにする。表示する項目は任意に設定できるものとする。典型的な患者ではカルテの記載に要する時間を大幅に短縮できる。
  4. 縮小画面はグレースケールで表示し、小さい文字でもある程度読めるようにする。
    また、表題と本文、重要項目と通常項目で縮小率を変えておき、表題や重要項目は縮小したままで読み取れるようにする。
    また、ツールパレットに拡大鏡を置き、ページ全体を拡大表示することなしに一部のみ拡大して見られるようにする。

メニューの例

2) 情報の持ち方
すべてのデータに入力した医師名、入力時間、種別、独立した情報か、修正、追加として入力されたものかを付加する。また、テキスト情報は一繋がりとして入力されたものを1つの単位として管理する。従って、後から文章中に挿入された単語は、被挿入文とは別に管理される。

5. まとめ

耳鼻咽喉科で使用できる電子カルテであれば、眼科、皮膚科、泌尿器科、形成外科、口腔外科等、外科系の他科でも使用可能と考える。それに対し、精神科、心療内科ではカルテに記載する文章の量が大きく異なるので、別の仕様が要求されるかもしれない。
今回は取り上げなかったが、ユーザに快適な使用感を与えるための様々な工夫(応答速度を向上させるためキー入力が完了するのを待つことなく検索を開始するなど)も実装にあたっては重要である。

今後、さらに検討を重ね、パーソナルコンピュータ上で上記の実装案に基づいてワーキングモデルを作成する予定である。